はじめに

最新号
         

              『私たちは伝統の端にある』

 ヒュー・トレイシの1950年代、東アフリカ民族音楽音源を聞いている。1920年から1970年にかけて、英国系白人の彼は今のジンバブエに暮らし、周辺各国の民族が奏でる音楽を録音して歩いた。
 フィールド録音だ。
 山を草原を自分たちの村を眺めながら、身近な人々に囲まれての録音なのだろう。のびのびと生命力みなぎる歌声、気負いのない軽やかな楽器の調。その当時のアフリカに漂っていた香りを運んでくれる。
 旧宗国によってジンバブエ、モザンピーク、マラウィと国境線は引かれたが、ショナ、トンガなど各部族はそれぞれの土地に暮らし、その部族もいくつものサブグループに別れる。その各グループでそれぞれ独自の演奏方法を持つ。ジンバブエだけで、ムビラの種類は5種もある。アフリカは多彩だ。
 ヒュー・トレイシーはどれほどこの高度な音楽たちに胸を躍らせて、マイクを握っただろう。そして、今世界はどうにかアフリカの音楽に価値を認めたが、ヒュー・トレイシーの時代にその価値に理解を示す人はわずかだっただろう。彼に孤独感はなかったか。
 このシリーズのジンバブエの音楽には、ジンバブエで私が教わったものと同じ曲がある。伝統的演奏を守る師匠パシパミレは50歳代であり、当然ではある。しかし、50年前の人々と同じ曲を今私は弾いていること。アフリカから遠く離れた日本で弾いているということ。私は、彼らの伝統の端にある。
 そして、アフリカの魂に共感し、一生をかけたヒュー・トレイシーの思いを遠く引き継いでいる。
 伝統の端にあるということ。
 時を越え、場所を越え、人々が生きた記憶を内包して、聞く度に私の胸を膨らませてくれる。


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