はじめに

最新号
          

                 『魂の語り合い
 
ムビラを続けるにしたがって、ムビラはジンバブエのショナ族の人々が先祖の魂、自然界の精霊、自分の魂との会話のためにある楽器なのだと、身に染みて感じてきました。彼らはムビラを弾き、恍惚と歌い、儀式を節目節目に行います。ムビラの音の中に、彼らのアイデンティティー、精神のよりどころがあり、生きるために魂の語りあいが必要なことを彼らは良く知っていました。
 私は、ムビラ音楽は、それぞれの魂を癒し、開け放ち、触れ合うことができる力を持っていると感じています。この力と日本人である私はどうかかわったら言いのだろう、と思ってきました。私はショナ族ではないし、ムビラの儀式をやっても祖先の霊は降ろせないでしょうしね。
 近頃、ムビラが降霊の道具だということに、とらわれていたのではないかと思うようになりました。魂は、今生きている人も持っているのです。今生きている魂に語りかける力があるのではないかと思うのです。人類のどの魂も、語りかけ、触れ合い、労わりあい、癒すことを求めていて、同じ人類なのですから、理屈を超えてムビラの音は魂に響いてその力を発揮してくれるように感じ始めました。一番魂の語りかけ、触れ合い、癒しを求めている人は誰だろうと考えました。それは病気の人、人生を終わろうとしている人、体の不自由な人、などではないでしょうか。
 会話に一方通行はないように、魂の触れ合いも相互作用を持っています。もし、私が魂の癒しを必要としている人にムビラを弾くことが出きたら、私の魂も豊かになり、豊かになった魂はムビラの音色も変えてくれるでしょう。すべてはつながっているのですから。
 私は看護師です。看護師として病気の人に関わり、その関わりの中で自分の魂が成長することは感じてきました。しかし、旅で偶然であったムビラ、絵、そういうものでも人の魂に語りかけ、癒し、ともに自分も成長することができるのだと、気がつきました。
 看護も、絵も、ムビラも、アフリカも、一つ一つは違って見えます。でも、結局私の人生においてひとつ、同じ目的の中にあるのでしょう。自分の魂とそれぞれの魂が語り合い、触れ合い、愛の交換をして、ともに生きるということ。
 本当に、すべてはつながっているのですね。
         


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