はじめに

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              『与えられた役割』

 私は看護師です。小さい時の夢のままにナースになりました。絵の活動をしている今も、仕事をしています。私には、人の人生を共に味わえるこの仕事は、興味深く自分らしいと感じられるいい仕事です。心身ともに厳しい仕事なので、程ほどに調節していますが。
 すべてのものは、神が役割を与えてくれていると思います。
 ナースをしてきて、生まれることの困難さ、障害や死は突然に襲ってくることを垣間見て、いつも明日はないかも知れないと思ってきました。今日をどう生きるか、いかに充実して生きるかを思ってきました。充実して生きるとは、ただ楽しく忙しく、生産的に生きるのではなく、与えられた役割を充分行うということだと思っています。
 旅の中、従順に羊飼いと共に歩く羊を見て「どうして食べられてしまうのに羊は人に従っているのだろう」と思いました。ナースをしていて、奇形ですぐ亡くなった子に接して「どうしてこの子は生まれてきたのだろう」と思いました。小児科だったので、障害児に接することが多くて、どうして・・・とよく思いました。
 でも、羊は私たちに栄養をくれ人を生かしてくれます。障害を持つ子、亡くなった子を今も私は忘れません。周囲の人の記憶に残り、生も死も人為を超えた大きな神のような存在にとるものだと教えてくれたというのは、大きな役割をもった子だったと思うのです。町で会うダウン症の子などの無邪気な笑顔は、私に笑顔が足りないことを思い出させてくれます。
現在世界は、お金や物質に価値が置かれています。良い仕事は、お金を多く取れる仕事といわれがちです。しかし、私はいい仕事とは自分の与えられた役割を認識して、それを果たすことに努力していることだと思うのです。
 与えられた役割を果たすことは、けして楽しいことだけではないし、苦労もあると思います。でも、それが役割ならば、うまくいかない中にもきっと「楽しさ」はあると思います。多分、自分の与えられた役割を感じられたならば「したいこと」と「すべきこと」はイコールでしょう。
 ナースをしたくないと思って旅に出た時もありました。でも、やはりナースは私の役割でした。そして、旅をしアフリカの地に導かれ、アフリカに惹かれて絵や詩の活動をすることも、すべて与えられているのだと思えて来ている最近です。
 


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