はじめに

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                『私が来た場所』

 「都市に出てきた者にとって、街は仮の住まいである。彼らは、週末ムビラを持って故郷へ帰っていく」ジンバブエの首都ハラレに住み働く若者が、ムビラを持ってバスに揺られて一族が代々住んできる村へ帰っていきます。若者はバスの中で、一人ムビラを弾きます。ジンバブエの乾燥した大地と岩々が広がります。
 これは、「ムビラ・ミュージック 民衆の魂」というジンバブエのドキュメンタリー映画の冒頭です。私はかつて旅した景色と重なり、懐かしさで一杯になりました。
 夜になると、村に帰った若者を迎えて一族は、ムビラの演奏者、霊媒師を招いて、歌い踊りお祭りをします。ムビラの音によって祖先の霊は霊媒師に降りてきて、人々にメッセージを与えていました。こうして若者は、一族が暮らてきた地に、樹や石に、自分に連なる命のつながりを感じるのです。ムビラの音の中に、祖先が生きた地を思い、自分のアイデンティティーを感じると若者は語りました。
 このドキュメンタリーをみて、私にはそのように生命の連なりを感じる、音や土地を持ったことがあるだろうかと、思ってしまいました。
 親族は、皆横浜にいます。しかし、分家である私の家のお墓には、祖父母しか眠っていません。本家も横浜市内。でも、その墓に行ったことがなければ、親戚との付き合いも薄いです。祖父母の法事があっても、ジンバブエでは大勢の人が集まり一晩かけてムビラを弾き歌い踊りますが、日本では15分のお経と極身近な親族だけが参加していました。祖父母を懐かしく思っても、この法事の中に、代々連なる魂のつながりを感じることはできませんでした。
 私はどこから来たのだろう、と感じてしまいました。
 もし、自分に生命をつなげてくれた流れて来た時、人、地を感じられれば、生まれた自分を貴重なものと思えるでしょう。引き継がれた文化や自然の恵みに対し感謝し、自分が作り出す未来にも責任を感じられるでしょう。
 旅を経て、ムビラと接し、祖先を祭る儀式、季節や自然を祭る儀式を大切にしたいと思うようになりました。そして、その儀式は、魂を感じられる神聖なものでありたいと思うようになりました。
 私を生んでくれた地を感じるために。
 そして、私が引き継ぐ地を感じるために。

ダチョウの卵に絵を描きました。 題して「アフリカンライフ」



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