師匠たち

ルケン・クワリ・パシパミレ氏
Luken・Kuwari・Pasipamire

(ムビラ・歌・ホーショウ・ンゴマ)

トーテム: Samanyanga
(ンゾウ・サマニャンガ、象)

1952年ジンバブエ、モンドロ(mondoro)、チーフ・ルイジ地区クワリ村に誕生。
19世紀後半、ルケン氏の曽祖父にあたるパシパミレは、ショナ族の伝統宗教の強力な神(スピリット)であるチャミヌカ(chaminuka)を降ろすことのできた霊媒師として名声を得たという伝承があります。そして、その息子クワリ・パシパミレは、高名なムビラとンジャリの演奏家でチュチゥンギザの王宮で演奏をしていたそうです。
ルケン氏は、このような家系とムビラの原型を弾き伝えてきたという誇りを持っています。 





ルケン氏8歳のころ、兄の病気治癒を願うビラ(bira、ムビラの儀式)を体験し、ムビラの魅力に目覚めました。高名なムビラ奏者だった祖父クワリ・パシパミレのムビラの使用を許され、親族などからムビラの演奏を教わり、ムビラ奏者への道が始まったそうです。この祖父のムビラを引き継ぎ、今でもこのムビラはモンドロで大事に保管されています。
15歳のころより、ジンバブエ各地を旅し、ビラに招かれては演奏する生活の中で、ムビラの演奏技術を深めていきました。


1971年 ムビラ研究にジンバブエを訪れたアメリカ人 Poul・F・Berlinerに出会い、以後Berlinerの著書「The Soul of Mbira」や「Shona Mbira Musice」のレコーディングに協力していきます。Nonesucから販売されている「Shona Mbira Musice」は現在でも、「Mhuri yekwa Rwizi」の演奏が聴けるムビラの代表的なCDとなっています。
1983年「Mhuri yekwa Rwizi」(チーフルイジの家族たちの意味)の一員として、イギリス、フランス、オランダ、イタリアのヨーロッパ公演を行い成功を得ました。
(モノクロの写真:1983年イギリス公演の様子。中央で手を上げているのがルケン氏。前列中央で後ろを向いているのがPoul・F・Berliner氏)

以後、ジンバブエ国内での演奏活動。アメリカ人、オーストラリア人、日本人など各国の人々に、ハラレ、ハイフィールドにある彼の自宅でムビラを教えています。

基礎から発展系、リズムについて、伝統的なムビラの演奏方法を個人にあわせたレベルで教えてくれ、ホーショウやンゴマ、歌までムビラを彩る要素を分かり安く教えてくれます。
エリカの、2002年長期旅行ではじめたジンバブエを訪れたときからの先生です。彼に、ムビラの基礎から、ムビラを支える伝統的なショナ族の宗教観の多くを教えてもらいました。
詳しくは修行記へ。

2009年、念願の「ジンバブエ・ムビラ伝統文化交流プロジェクトルケン・クワリ・パシパミレ ジャパン ツアー」により初来日を果たし、全国16箇所のツアーを成功させました。
詳しくはジャパンツアーへ。

2010年2月22日、ハラレの自宅で急変され死去。58歳でした。



チポ Chipo
(ムビラ・歌)
 モンドロ出身
 トーテム:mhofu(バッファロー)

ムビラメーカーのジョナ・ワザラの姉であり、5人の娘を女でひとつで育て上げる強くやさしい母親です。
チポとジョナの父親は、モンドロで評判の良いムビラメーカー、ムビラ弾きだったそうで、チポは幼いころから父に連れられて、多くの儀式に参加して、歌やムビラを覚えて行ったといいます。
2006年、グレンビューエイトの自宅の寝室で、共に歌って教えてくれ、歌詞は娘たちが協力して翻訳して、教えてくれました。
チポの多彩な歌の技術とそのかわいらしさと深みをあわせ持つ歌声は、エファット・ムジュルのアルバム「カリガモンベ」にも収録されています。



シーラ・アドマイヤー (ダンス)

 ムビラメーカー、アドマイヤーの妻。2006年、初めてムビラダンスを教わったときの先生。ジンバブエ・ナショナル・カルチャー・グループのダンサーとして南アフリカなど、海外でもパフォーマンス経験を持つダンサーで、ムビラダンスの基礎を教えてくれました。
 そのころジンバブエは、不法土地使用強制排除の政策のあとで、アドマイヤー家でも土地を追われた親族がまとまって暮らしていた。2002年からのムビラ友達美和ちゃんと共に習った、週一回のレッスンのときは多くの親族の女性たちも参加して賑やかで楽しかったです。
 2006年5月ごろ、大腿骨がもろくなって骨折する病気にかかり、手術、2年に及び入院生活後、2008年に再会したとき、足は膿み硬縮して歩けなくなっており、痩せて全体状態も悪化していきました。2008年4月、長い闘病の末他界。30歳ぐらいの短い生涯でした。



エスター・チンボザ Ester・Chimboza (ダンス)


2008年、前回の先生アドマイヤー婦人シーラが病気だったため、ムビラメーカー、ブレの元妻エスターにダンスを教わっりました。シーラと同じくジンバブエ・ナショナル・カルチャー・グループの元ダンサーで、26歳の若さもありパワフルなダンスを見せてくれました。
 エスターは再婚し、ゾロロに住んでいるので、アドマイヤー家を借りて、停電の多い時期にもかかわらずムビラのCDをかけてもらって踊りました。 
 ステップを噛み砕いて教えたり、基本形からそれを変形させた応用編までレベルに合わせた教え方は分かりやすいですが、体系、筋力の違いもあり、彼女のする細やかで機敏な激しい足運びはとても真似できなく、ムビラダンスの高度さを痛感してばかりです。