ムビラの歴史
ムビラ(Mbira dza vadzim)とは
親指ピアノは、サハラ以南のアフリカに、サンザ、カリンバ、リンバなどの名とともに、それぞれ形を変え、それぞれの演奏法と曲を持ち、点在します。

ムビラとはショナ族の親指ピアノの総称です。
ショナ族は、他にNjari、Matepe、Nyunganyunga、Ndimba、Mbira dza vandau などの親指ピアノを持ちそれぞれに演奏法や曲を持ちます。Mbira dza vadzimは、「祖先のムビラ」という意味で、祖先崇拝の宗教儀式専用のムビラとして発展しました。

1970年代、アメリカの音楽民族学者Paul Berlinerによって研究、録音され、世界的に有名になり、多くのムビラ奏者が海外で演奏するようになりました。


ジンバブエとムビラの歴史
ジンバブエは、アフリカ南部、現在の南アフリカ、モザンピーク、ボツワナと国境を接する内陸国です。

ジンバブエの主要民族はショナ族です。
彼らは10世紀にアフリカ北部から移動してきたバンツー系の人々で、それ以前は現在はボツワナ、ナミビアで暮らすサン族の地でした。今でも、ジンバブエ各地にサン族が描いた岩絵が残されています。

彼らの国は「モノモタパ王国」名を残しています。モノモタパ王国は、金を採掘し、それをモザンピークまで運びアラブ商人と交易し、大いに栄えました。現在のマシンゴの近くに、世界遺産にも指定されているグレートジンバブエ(大きな家)の遺跡が残されています。

15世紀後半の大航海時代より、アフリカの地にヨーロッパ人が住み始めました
ジンバブエのヨーロッパ人の支配は、1890年イギリスの南アフリカ会社のリーダー、セシル・ローズがこの国を統括管理する勅許状を得たことから始まります。
イギリス政府は、1923年南アフリカ会社から南ローデシアとして、支配を受けつぎ植民地化しました。この時代、土地、雇用、教育など現地の人々の権利を奪う政策がなされ、先住民の文化であるムビラも遅れた文化としてみなされ迫害されました。

1961年、白人有利の憲法が制定され、1965年白人支配のローデシア政府は一方的にイギリスからの独立を宣言しました。イギリスはこれを認めず、黒人の選挙権を求め、国には民族主義運動が高まります。人種差別政権に対する民族主義運動(チムレンガ)の長いゲリラ戦が続きました。チムレンガ運動は、自らのアイデンティティーを求め、優れた文学、音楽を生んでいます。

1980年自由選挙が行われ、ようやくジンバブエとして独立を果たしました。
アフリカ各国の中で、最後尾の独立となりました。

独立の英雄ロバート・ムガベは、初代大統領となり、現在までの長期政権が続いています。